グローバル企業が脳科学を戦略に取り入れる理由 海外研究報告・事例レポート

2018.12.18

2018.12.18 鈴木富貴
上席執行役員

近年、経営戦略に沿った人事・育成強化の重要性が高まる一方で、働く人たちは多様化しており、画一的なマネジメントでは成果が出にくくなっています。
こうした中、脳科学の知見を組織開発に取り入れ、効果的にパフォーマンスを上げようという動きが注目され始めました。
脳科学者や実務家らで作るNeuro Leadership Institute(NLI)もそのひとつで、アメリカを中心にNo rating(従業員の段階付け評価廃止)を広めた研究機関であり、コンサルティングファームとしても知られています。

このNLIが開催するNeuro Leadership Summitに、2018年10月、チェンジウェーブ副社長・藤原鈴木が参加しました。
グローバル企業の事例および最新の研究が報告されたサミットの様子をレポートします。

VUCAの時代に成すべきこと

ニューヨークで開かれたサミットには、研究者だけでなく、マイクロソフトやIBM、マスターカード、GAPといったグローバル企業の経営者、人事部門の責任者、大学、公的機関など、29か国から740名が参加していました。

テーマは「Invent the future(未来を生み出す)」
アメリカの科学者でパソコンの父とも呼ばれるAlan Kay氏は、“The best way to predict the future is to
invent it.”(未来を予測する最良の方法は未来を発明することだ)という言葉を残しましたが、確かにこのサミットは「未来を生み出す」ための場でした。
研究報告や事例発表だけでなく参加者同士の意見交換が多く設けられ、インサイトを参加者が「消化」し、動きにつなげていくことが重視されていました。

冒頭のkeynoteで、未来研究所の名誉研究員であり社会学者のBob Johansen氏が未来を生み出すために必要だと強調したのはPurpose=目的 の共有」でした。

VUCA(Volatile=不安定、Uncertain=不確実、Complex=複雑、Ambiguous=あいまい)と呼ばれる時代、未来の予測がますます難しくなり、組織の形はさらに変わってくる。

私が考えるのは、こうした中で必要となるポジティブなVUCA。
Vision、Understanding、Clarity、Agility。
Vision(ビジョン)は不安定な時代、さらに重要度を増す。また、不確実な状況下ゆえUnderstanding(理解)が必要だ。目指すべきClarity(明快なもの)がなければ複雑な中を生き抜けない。そしてあいまいだからこそAgility(迅速に、柔軟性を持って)対処することが求められる。
つまり、最も必要なのは「明確な方向性を持ち、実行に際しては柔軟性があること」だ。

一方で、未来を考える際には、脳の”ある機能”に注意する必要がある、とコロンビア大学のKevin Ochsner氏は指摘しました。

人間の脳には日常の問題を解決するシステムと、局所的に訪れる新しい問題に対応するシステムの2つがある。
日常については、新しく曖昧で不確実なものを嫌がるようになっている。なぜなら、脳は自分にとって脅威になるものを判断し、適切な行動をとるように指示を出すのが仕事であり、失敗しないために入念に準備するのが重要だからだ。
このシステムは安全第一であり、それをより簡単に判断するために習慣化と自動化を進める。
つまり、既知のものを次々とカテゴライズし、脅威でないと判別すると無視するようになる(意識しなくなる)。

一方、これまでに経験のない行動や思考を実践できるようになるシステムでは、未来を考えている。ただ、あまりに予測できないことが多くあると「ノイズを除去する」ような状態に陥り、機能が働かなくなる。

こうした脳の働きを理解し、取り組むべきと提示されたのが以下の3つです。

  • 未来を考える余裕を持ち、予測を立てる際には明確にゴール設定をする
  • 正しくミックスしたデータを使う(主観と客観、具体性、バイアスに注意する)
  • 社会的であれ(他者と関わる。サポート及び相互にバイアスをチェックするため、チームで取り組む)

ダイバーシティと無意識バイアス

VUCAの時代を生き抜くために、ダイバーシティ&インクルージョンに取り組むことも、大きなテーマの1つとなっていました。

パネルディスカッションに登壇したメドトロニック(医療機器開発、製造、販売企業で心臓ペースメーカーでは世界最大手)やスタンダードバンク(アフリカ最大の銀行)といった企業から「なぜ取り組むのか?が皆に浸透しにくい」「人材選考をする際に見られるSimilarity bias(自分に似たものを好ましく思うバイアス)が改善されにくい」などの課題が挙げられると、
NLIのCEOであるDavid Rock氏が「他者の視点を取り入れ、経営において意思決定の精度を上げる、失敗を少なくするためにはダイバーシティ&インクルージョンが必要だ」と答え、そのためにも無意識バイアスへの対処は不可欠だと強調しました。

また、コロンビア大学のValerie Purdie Greenway氏も、無意識バイアスへの取り組み方について言及しています。

  • 研究結果によれば、「ダイバーシティに取り組んでいる」こと自体がその企業の「強さ」と「人々に変化をもたらす力を持っている」ということを示す指標になる
  • 無意識バイアスに対処するには、そのバイアスがどんな行動にリンクするのかを知ることが大切。その行動は企業、立場によって違うので、研究者としてはバイアスの種類をたくさん見つけるのではなく、一般化して行動に落とし込めるようにしたい
  • バイアスを自覚するだけでは不十分である。自分のバイアスを認識し、緩和するアプローチに取り組む必要がある
  • バイアス緩和のトレーニングには単発でなく、継続して取り組むべき

さらにDavid Rock氏は、「トレーニングは必要なのか」「効果があるのか」という声は依然としてあるが、
実際、ダイバーシティ&インクルージョンの効果を得られるようになるには「とても居心地が悪い」感じを持つことが必要になる。(同調圧力の強い)企業においてこれまで感じることはなかったと思うが、「正しく取り組めていれば居心地が悪い感じになる」というマインドセットを持ってほしい、と呼びかけました。

このほか、それぞれの登壇者から出された意見と実例は以下の通りです。

  • 無意識バイアスは脳の働きの一部であり、自然なもの。なくすものではない。それをまずは学ぶ必要がある
  • 学んだだけでは意味がない。社内に持ち帰り、周囲と話し合うと変化が起きてくる
  • バイアスを緩和するにはシステムとプロセスに落とし込み、行動に移すことが必要
  • 行動は周囲と共に取り組むと良い。習慣になるまで続けていくと効果が上がる
  • リーダーからのメッセージは何時間もかけたトレーニングよりパワフルである

一方で「適切な」インクルージョンに取り組むべきという警鐘も鳴らされました。

ダイバーシティに取り組む企業で「過剰な」インクルージョンになっている場合が見られる、より多くの人の意見を聞かなければと思うあまり、それに縛られてパニック状態に陥っているというのです。会議の参加人数ばかりが増え、何が大切なのかが見えなくなったり、これまで多数派だとされてきた人たちが逆に「疎外された」と感じたりという例も挙げられました。
これに対しては多様性推進のためにとりあえず皆に話を聞こう、というのではなく、意見を掘り下げたりディベートできたりする環境を育んでいるのかどうかを問いたい、もっと本質を大事にしたいという意見が交わされました。
このような現状があるからこそ、前出の「Purpose」、目指すものの明確化と共有が重要になってくるのだとも言えます。

実はこのあと、チェンジウェーブが開発した管理職向けe-learningツール「ANGLE」に複数の研究者から興味を持っていただき、今後につながるディスカッションをすることができました。無意識バイアスを認識し、行動変容するまでをプロセスにしたツールは見たことがない、また、受講者データの分析が今後の戦略策定に活用できるのは企業にとって大きなプラスではないか、との声をいただき、今後さらにブラッシュアップできるヒントも得られたことは大きな収穫でした。

脳科学と変革のメカニズム

NLIの調査では、企業の96%が変化や再設計を望んでいるが、実際にChange agile(迅速に、柔軟に、試行錯誤しながら変化していく)していると感じているのはたった18%とのことです。
脳科学的にも人は変化に対して「脅威を感じる」ことは知られており、だからこそGrowth mindset(成長思考)を持って行動できる人材を育て、変化をチャンスと捉えられる組織作りが必要なのだと繰り返し発言されていました。

全体を通して感じられたのは、VUCAと呼ばれる予測不能な時代、デジタル化が進み様々なデータが飛び交う中で「人として何ができるか、どのようにデザインしていくのか。脳の働きを知り、組織をより人間的にする」というビジョンでした。

その具体例として挙げられた中には、チェンジウェーブが行う変革のメカニズム(https://changewave.co.jp/2018/02/05/2017to2018/)に通じるものも多く、「変革屋」としての取り組みに科学の裏打ちをしていただいた感もありました。

海外で最先端の人事戦略、脳科学の知見に触れ、得たものを今後さらなる変革へとつなげていきたいと考えています。

Neuro Leadership Institute David Rock氏

 

 

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