ダイバーシティを企業の成長につなげるために
~熊谷組・黒嶋様インタビュー

2021.7.18

2021.7.18 ChangeWAVE

ダイバーシティを企業の成長につなげるために
~熊谷組 黒嶋様インタビュー

2021年6月、東証がコーポレートガバナンスコードの改訂版を公表しました。改訂の柱となったのは、中核人材の多様性確保、サステナビリティを巡る課題への取り組みなどで、今後これらはますます重要視されるようになります。
しかし現実には、多様性の確保について、まだ具体的な施策・成果が見えないという企業も少なくはありません。

多様性を企業の成長につなげるには何が大切なのか。
経済産業省の令和2年度 新・ダイバーシティ経営企業100選に選ばれた、株式会社熊谷組の黒嶋敦子氏に伺いました。聞き手はチェンジウェーブ・鈴木富貴です。

 

株式会社熊谷組黒嶋敦子氏
株式会社 熊谷組 黒嶋敦子氏
本社管理本部ダイバーシティ推進部 人財活躍推進グループ部長

 

建設業界でダイバーシティに取り組む意義とは

チェンジウェーブ・鈴木富貴(以下、鈴木)
「令和2年度新・ダイバーシティ経営企業100選」へのご選出おめでとうございます。厚生労働省のえるぼし認定三段階も取得されたとのことで、素晴らしい結果を出されておられますね。まずは、御社がダイバーシティ推進に取り組み始めたきっかけから伺えますか。

黒嶋敦子氏(以下、黒嶋)
熊谷組は「全員参加の経営に取り組む」というスローガンを掲げ、2015年中期経営計画において経営インフラ強化戦略としてダイバーシティ推進を位置付けました。
当時すでに建設業界は少子高齢化問題に直面しており、画一化した働き方、また、男性従業員だけを中心とした組織ではいずれ限界が来ると感じていたのです。社長の樋口(当時)がダイバーシティ、多様な社員の活躍に向けてメッセージを発信したところからスタートしました。

鈴木
当時の御社の状況はどうだったのでしょうか。

黒嶋
建設業は伝統的に男性社会だったため女性が現場にほとんどおらず、女性には向かない仕事であると判断されていました。しかし、実際は女性ができる仕事もたくさんあり、理解が行き届いていないだけだと解りました。そこで、まず社員の声を集めようと考え、全社アンケート等を実施し、実情を把握するところから始めたのですが、
・女性社員、特に女性技術職が少なく、管理職割合も低い。
・補佐的な業務は女性が担当することが多く、充分な成長機会が与えられていない
・男女ともに30~40代前半の社員が少なく、コミュニケーションの不足が課題となる
等が挙げられました。

また、長時間労働が当たり前のような雰囲気があり、時間制約がある人、特に女性は働き続けることが難しいと感じる人が多くいましたので、まずは女性活躍推進からスタートさせ、育児や介護、病気の治療と両立している社員、LGBTや障がいのある社員など多様な人材を包摂していきたいと考えました。

 

ポイント1 経営層のコミットと体制整備、意識改革を同時に進める

黒嶋氏
熊谷組では、2016年当時の社長(樋口)と常務(現・社長櫻野)が積極的な発信をしたのが大きかったと思います。女性社員(技術職)と役員が直接対話をする機会を設け「いったん出産で休むと、その後の昇進が難しい」など、生の声を伝えたのも経営層のコミットにつながった一因かもしれません。

体制としては、まず、全社横断のダイバーシティ推進委員会を設置し、専門部署であるダイバーシティ推進室、各部署・支店・グループ会社にはダイバーシティ推進担当者も設けました。担当者は定期的に全社で意見交換を行っています。
また、育休などの制度を導入する際には、利用者だけでなく管理職にも理解してもらうよう、意識付けの研修などを行いました。制度があっても利用できない、では意味がありませんから。

 

ポイント2 現場を大切に、信頼関係を構築する

鈴木
制度の整備、意識改革の両輪で進められる中で、配慮されていた点はありますか?

黒嶋
ダイバーシティは皆にとってメリットがあるという認識を持ってもらうことです。
例えば、現場環境の整備を目的としたダイバーシティパトロールを展開しました。これは、現場の設備面を点検して回り、トイレや更衣室を含む現場全体の環境が誰にとっても働きやすいものになっているかをチェックするものです。

熊谷組建設現場お写真

私が施工管理を担当していた20年ほど前は、小規模現場に行く前に公園でトイレを済ませる、水はなるべく飲まない、というのが当たり前でした。現場にはトイレが整備されていなかったからです。しかし、その後出産を機に10年ほど現場を離れ、2015年『建設現場どこでもトイレプロジェクトフォーラム』という「建設現場のトイレ改善について意見交換する場」に参加したところ、女性技能者が水も飲まず作業している実態は10年前と変わっていませんでした。いったん現場を離れて客観的な視点で見たからこそ、これは当たり前ではない、変えなくては、と気づいたのです。

そこで、まずは快適なトイレを現場に設置し、誰もが困らないようにしました。また、更衣室、休憩室などのハード面を整備し、目に見えるところを変えていきました。変化を実感できると、現場も理解を示してくれますし、協力を得やすくなります
建設現場は1年単位で移り変わっていくのですが、現場の良いところは次にも引き継がれます。誰でも安心して使えるトイレの設置は、社員だけでなく、共に働く協力業者の方にも喜んでいただくことにつながりました。「熊谷組は環境が整っているので女性技術者、技能者を派遣しても安心」と言っていただき、女性が存分に働けるようになったことも大きな変化だと思います。

熊谷組建設現場の水回り写真

 

ポイント3 無意識バイアスの打破と外圧の利用

鈴木
着実にダイバーシティを進められてこられたと思いますが、難しいと感じられたことはありましたか?

黒嶋
アンコンシャス・バイアス(無意識バイアス)の打破だと思います
建設業界は女性に「配慮」して業務を限定的にしていた歴史もありましたし、年齢層によって長時間労働に対する感覚が違うことも感じていました。
天候に左右される現場もあり、作業が可能な日には質を上げるために残業も厭わない、と考えている社員もいましたので、その熱意をなくすことなく、自分たちの思い込み(無意識バイアス)に気づき、決まった時間の中で生産性をあげる大切さをどう理解してもらうかが課題でした。

鈴木
どのような工夫をされたのでしょうか。

黒嶋氏
この5年間では、対象者を変えながらダイバーシティ研修を毎年実施してきました。また、昨年度は「ダイバーシティ経営の重要性と無意識の偏見に対処する意義」をテーマに、チェンジウェーブさんに役員層向けの講演をしていただき、意識改革の大きな成果となりました。全グループ会社の社員約4,300名に向けては無意識の偏見を理解してもらうeラーニングも実施しています。

熊谷組の場合、経営層を初めとして、皆非常に理解は深いのですが、いざ行動するとなるとやはり難しいというところは正直ありました。
1つの仕事を長くやるほど、当たり前になってしまって気づかないことがたくさんあると思います。それを乗り越えるためには、外部からの視点が必要です。多様な意見を受け入れるために、社会から何が求められているかを指摘していただくと新しい発想も生まれやすくなるように思います。

 

熊谷組無意識バイアスセミナー受講風景

※熊谷組様 管理職・一般社員研修について
https://changewave.co.jp/2019/03/04/examplereport0306/
※無意識バイアス講演事例
https://changewave.co.jp/2020/07/28/angle0730/

 

残業時間の削減と売上高135%を同時に実現

黒嶋
嬉しいことに、経営指標でも目に見えた成果がありました。2020年度までに1人あたりの残業時間は月平均20.5時間減少、一方で2020年度の売上高は2015年比135%、純利益は144%と大幅に伸びました

株式会社熊谷組売上高、純利益のグラフ

 

また、「令和元年度なでしこ銘柄」に選定され、女性管理職数は5倍に、建設現場配置の技術系女性は倍以上になりました。

株式会社熊谷組女性比率グラフ

男性の育児参加や管理職の意識改革も進み、男性育休の取得率は、4年間で2.6%から34.3%へ、平均取得日数も大幅に延びています。配偶者出産時に取得することが可能な特別有給休暇も51.4%の社員が利用しています。

 

成果に結びつける一押しは「ビジョンの共有」と「自社ならではの進め方」

鈴木
素晴らしい成果を上げられていますが、多様性を事業成長に結びつけるうえで最も重要だと思われることは何でしょうか?

黒嶋
全社共通のビジョンがあることと、自社にあったやり方で取り組むことでしょうか。
2015年当時の社長(樋口)はステージを3段階に分け、第1ステージは女性の活躍を推進すること、第2ステージは誰にとっても働きやすい環境で一人ひとりの社員が自分の力を最大限発揮すること、第3ステージは多様な労働力がそれぞれに能力を発揮し、結果として会社の業績向上に結び付けていくことと発信していました。第3ステージをうまく機能させていくためには、管理職層が一連の取組について理解できるかどうかにかかっていると思います。

ですから、第3ステージが実現できた時に、ようやくダイバーシティは実現したと言えるのでしょうし、さらにその先に、社員一人ひとりが能力を最大限発揮し、生産性と品質が向上し、その結果として業績が上がれば、ダイバーシティも本物なのだと思います。

株式会社熊谷組黒嶋氏

 

熊谷組は現場を大事に、高品質なサービス提供に努めていますので、ダイバーシティ推進についても「熊谷組に合った」取り組みをしようと考えてきました。
現場の声から環境を変え、長時間労働が是正され、意識変革が進み、それが会社の成長につながることが実感できるというサイクルがうまく回り始めたことを実感しています。

2021年度からは新たな中期経営計画がスタートしました。今後は企業の持続的な成長のために、イノベーティブな思想で新しいことに挑んでいける環境づくりに取り組んでいきたいと考えています。

鈴木
自社の課題、風土にあわせた取り組みを目に見える形にされていった過程、大変勉強になりました。貴重なお話、ありがとうございました。

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