変革屋として、今年で10周年を迎えるチェンジウェーブ。昨年は「ANGLE」というプロダクトもリリースし、会社としても新たなフェーズに入りました。
代表の佐々木は新たな目標として「変革の自販機」をつくりたいと話しています。
そこで今回は、著書『1分で話せ』が累計32万部を超えてヒットしている伊藤羊一さんと、なぜ『1分で話せ』はムーブメントを起こせたのか、「変革の自販機」をつくる以前に、そもそも変革の本質とは何なのか、語り合いました。
まず前編では、『1分で話せ』がヒットした裏側についての対談をご紹介します。
※後編はこちら https://changewave.co.jp/2019/09/10/youichi-ito-02/
【伊藤羊一さんプロフィール】
ヤフー株式会社 コーポレートエバンジェリスト/Yahoo!アカデミア学長/株式会社ウェイウェイ 代表取締役
1990年日本興業銀行入行、企業金融、企業再生支援などに従事後、2003年プラス株式会社に転じ、流通カンパニーにて物流再編、マーケティング、事業再編・再生を担当。2012年執行役員ヴァイスプレジデントとして、事業全般を統括。2015年4月ヤフー株式会社に転じ、企業内大学Yahoo!アカデミア学長として、次世代リーダー育成を行う。他、グロービス経営大学院客員教授や、KDDI ∞ Labo、IBM Blue Hub、MUFG Dijitalアクセラレーター、Code Republicなど、さまざまなアクセラレータープログラムにて、スタートアップのスキル向上にも注力。
「変革の自販機をつくりたい」
――本は「時代の流れ」を加速させる仕組み
――まず、なぜ「変革の自販機」を作りたいと考えたんでしょうか。
チェンジウェーブ佐々木裕子(以下、佐々木):
そもそも私は、できれば裏方に徹したいと思っているんです。そのほうがレバレッジが効くので。
伊藤羊一氏(以下、伊藤氏):
そう! 僕も毎年いろいろな場所で講演するけど、そこに来た人にしか届かないんだよね。それが今回の本で初めて、広く届く経験ができた気がする。
佐々木:
「変革の自販機」というのは、置いておけば自動的に広がっていく仕組み。それを作れたらレバレッジが効くし、世の中が変わるんじゃないかと思って、自販機のアルゴリズムは何だろう?ってずっと考えているんです。
いくつかパターンはあると思いますが、今の御時世、どんな仕組みであれば勝手に広がっていくのかと考えたとき、本はある意味すごくパワフルなツールだと思うんです。
伊藤氏:
『LIFE SHIFT』や『ティール組織』みたいに、1冊の本が出ると世の中の概念が変わっていくようなことだよね。
『ティール組織』を例に挙げると、本が出たからティール組織をつくったわけではなく、本が出る何年も前からティール組織をやってきた会社がたくさんある。つまり、「ティール」はあくまで象徴で、時代の流れがきた結果として本が出た、という順番なんだろうなと思うわけ。
佐々木:
本によって認知されやすくなるということですか?
伊藤氏:
というより、すでにティール組織を実現している会社は、個々の事情でやっているんですよ。そこにティールの概念が当てはまった感じかな。
おそらく『LIFE SHIFT』も同じ。リンダ・グラットン氏が提唱したから、その考え方が生まれたのではなく、自然に起きている時代の流れをまとめたのが、たまたま『LIFE SHIFT』であり『ティール組織』なんだと思う。
佐々木:
つまり本は「時代の流れを加速させる」仕組み?
伊藤氏:
そうそう。
だから自販機があるから浸透するというより、ファクトが集まって、あるタイミングで「こういうことです」と言うと、拡散するんじゃないかな。自販機を置くタイミングも重要なんだと思います。
『1分で話せ』がヒットした3つのメカニズム
佐々木:
今の話で言うと、『1分で話せ』がブームになったのも、時代の波が来たタイミングで、良いアウトプットとして出したから広がったということですよね。出し方やタイミングが大事だと思うんですが、どんなメカニズムだったのか教えてください。
伊藤氏:
マルコム・グラッドウェル氏の本を読むと、ティッピング・ポイントが起きる条件は3つあります。
分かりやすくいうと、
- 少数のキーマンの存在
- 粘り強い強力なメッセージ
- 背景の力
です。
1)2)は自分で作れるけど、背景はタイミング次第。
佐々木:
時代の文脈ということですね。
伊藤氏:
そうそう。で、ヒットした理由の大前提として、自分で言うのはアレですけど「コンテンツが良い」んですよ(笑)。
『1分で話せ』では、新入社員でもベテランでも、誰もがピラミッドストラクチャーを簡単に作れることを目指しています。つまり「万人にウケるコンテンツ」を持っているんです。
そもそも本に書いた内容は、前職のプラスで新人研修を担当していた頃から話していることなんです。僕は最初にピラミッドストラクチャーを勉強したとき、よく分かりませんでした。だから簡単に伝わるように研修プログラムを作ってみたら、みんなちゃんとできるようになったんです。
7〜8年前にはコンテンツができていて、それを、様々なビジネスパーソンのプレゼンに対し稽古をつけ、ブラッシュアップしてきたものを本に落とし込んだのが『1分で話せ』。
佐々木:
研修でピラミッドストラクチャーを書けるようになる話は、変革屋のセオリーにもフィットしますね。短期的にハードルの低い成功体験を作ることは、非常に大事です。
シンプルかつ行動する心理ハードルが低いと、短期間で分かりやすい成果が出る。そうすると変化のサイクルが回りだす。これが変革の定石だと考えています。
『1分で話せ』は、そのハードルの低い成功体験を、万人に産むための最初のコンテンツなんですね。
1)少数のキーマンの存在
――では、「少数のキーマンの存在」について教えてください。
伊藤氏:
今回のケースでは、版元の編集担当の方が少数のキーマンでした。
『1分で話せ』の初版は約5000部。最初の増刷は発売後2週間で、+2500部で、1万部に届いていませんでした。
その後、大きく部数の伸びたタイミングが2回あって、1つが「ビジネスブックマラソン」という著名な書評に採り上げられ、好意的に書いていただいたことと、直後の5月22日に出た「朝渋」というイベント。登壇した内容の記事が話題になりました。以後、書評のスパイラルが始まったのが1つ目の波。
2つ目の波は、5月27日に日経新聞に自腹で広告を出したことです。
担当編集者に、どうしたらもっと売れるか相談したところ、「新聞広告が必要だ」とアドバイスがあり。でも僕は有名な著者ではないので、会社としてすぐ広告を出してもらうのは難しかった。
だから自腹で出すにはいくらかかるのか聞いて、即答で出すことにしました。本が売れたら、印税が入ってくるので、自腹でもいいかなって。
新聞広告を見て買ってくれた人もいたと思いますが、自腹で新聞広告を出したことで、営業担当の皆さんが燃えてくれたのが大きかった。編集者が「著者が自腹で広告を出してもらったんですよ」と営業担当に働きかけてくれて。その後、版元からも何度か新聞広告を出してもらえました。
広がるキッカケ、火種を作る。そして、それを徐々に大きくしていくために、火種から新聞紙、薪……と火を付けていく。この順番が大事だと思います。
「ビジネスブックマラソン」「朝渋」と、自腹で出した新聞広告が火種、版元が出してくれた新聞広告が新聞紙、書評が増える=小さな薪が増えてきたタイミングで、Amazonのビジネス書ランキングで1位になりました。それでキーマンである営業担当が全国を回ってくれて、全国に広がっていきました。
佐々木:
まだ言語化できていないけど、みんながやっていて必要だと思っていることを言語化したこと自体、すごく拡散力があるんですね。記号ができたというか。
伊藤氏:
それはすごく大きいと思います。
2)粘り強い強力なメッセージ
――ティッピング・ポイント2つ目の「粘り強い強力なメッセージ」とは何ですか?
伊藤氏:
幾つかあります。1つは本のタイトルそのままで、相手から「話が長い」と言われないように、というメッセージ。
もう1つは、人は8割くらい話を聞いていないので、それを理解したうえでの伝え方を考えよう、というもの。その状況を理解するかしないかで伝え方は全然違うはずですから。
佐々木:
何となく気づいてはいるけど、メカニズムが分かっていなかったものを定義した形ですね。
伊藤氏:
そうそう。本の中でも解説している「伝えるためのピラミッドストラクチャー」は、講演でもワークをやっています。
主張・根拠・事例の3段のピラミッドを、テーマを簡単にすることで書きやすくして、参加者に「自分でも書ける」という体験をしてもらいます。それをそのままプレゼンしたら、『1分で話せ』るわけです。
「話が長い」と言われない、8割くらい聞いていなくても理解できる、というのが、『1分で話せ』の「粘り強い強力なメッセージ」ですね。
So What?からWhy So?へ
――「考える」から「伝える」スキル重視の時代
佐々木:
ピラミッドストラクチャーは、これまでコンサル業界の人が使うイメージでした。でも羊一さんが提唱されているピラミッドストラクチャーは、逆の発想で作っているんですね。
伊藤氏:
どういうことですか?
佐々木:
コンサルは課題解決するのが仕事なので、そのためにピラミッドストラクチャーを作ります。全体が課題の塊になっていて、かつ解決できるように分解されている必要があるので、作るのが非常に難しい。パターン認識し、何度も作って訓練する必要があります。
でも「伝える」ピラミッドストラクチャーはシンプルですよね。
伊藤氏:
コンサル側は課題解決から始めるから難しいんですよ。ファクトから入って、So What?を追求する。「伝える」側は逆で、Why?を考えるんですね。
佐々木:
伝える側は、Why So?ですよね。そこのパラダイムが違う。
伊藤氏:
なるほど、10年間やってきたことが整理されました! 逆ですね。
佐々木:
伝えるピラミッドストラクチャーのほうが、圧倒的に簡単に作れますよね。構造がシンプルだし、伝えたいメッセージがある前提なので、その理由を考えればいい。
コンサル側は、「この会社の売上は、どうやったら上がるか?」みたいなことから分解していくので、センスが必要。
伊藤氏:
あとコンサル側はMECEでなければなりませんよね。プレゼンにはMECEとかあまり関係ないですもん。根拠の粒感が揃っていることは大事ですが。
僕も昔はコンテンツが重要で、ちゃんとMECEで、So What?が明確であるほうが大事だと思っていました。プレゼンは二の次で。
でもIPS細胞の山中教授が「コンテンツ半分、プレゼン半分」とおっしゃっていると知って、衝撃が走りました。IPS細胞の生成に至るまでの莫大な研究費は、渾身のプレゼンでようやく得られる、雀の涙ほどの研究費の積み重ね。だから、コンテンツがいくら優れていても、プレゼンがゼロだったらダメだと。
山中教授でもプレゼンに注力しているんだから、僕もコンテンツがある前提で、それをどう伝えて動いてもらうか、真剣に考えるようになったんです。
佐々木:
私も講演をする際、1つとして同じことは言えない、言わないんです。なぜかというと、会社やオーディエンスによって、文脈が違うからなんですよね。
内容は同じでも、相手にとって「聞く必要がある」と思ってもらうために、どう伝えるか。
文脈や背景に合わせて、シンプルなエッセンスを抽出することがポイント。あまり複雑なことを言ってもダメなんですよね、きっと。
伊藤氏:
「時代がこうなっているから、こういう言い方をしなければいけない」「今はこのタイミングではない」など、判断も常に必要なんだと思います。
「今この瞬間に何をやるか」を考えると、コミュニケーションはすっきり簡単に伝えられたほうが良いかなって。
佐々木:
もちろんシンプルだけでは意味がなくて、シンプルかつ短期的にインパクトのあるものが拡散していくんでしょうね。
――5〜10年前はロジカルシンキングなど「考える」スキルが重視されていたように感じます。それが「伝える」スキル重視に変わってきたということでしょうか?
伊藤氏:
そうですね。考えるだけでは何も産まないというか、リサーチや分析スキルを身に着けた結果、どうするんだっけ?っていう。
MBAのスキルは非常に重要ですが、道具として持っているだけではダメで、それをどう活かすのか? がより重要になってきたのだと思います。
昨今売れている自己啓発本に共通するメッセージは、簡単にいうと「すぐ動け」。とにかく動かないとダメなんだというのは、みんな分かってきているんじゃないかなと思います。
「動く」をコミュニケーションに置き換えると、「考えてコミュニケーションする」こと。考えた結果をアウトプットすることが大事だと思うんです。
佐々木:
だから『1分で話せ』の中で、「聞いて、考えて、伝える」の3要素が重要だとおっしゃっているんですね。
伊藤氏:
そうそう。これはコンピューターのOSみたいなもの。
変革も会社によってケースバイケースだと思いますが、先ほどの「短期的かつハードル低く成功体験を得る」のように、ベースの部分は共通しているはずです。業界特有の事情はあれど、ベースが共通だから再現性があるというか。
このOSを大事にしなければならないという意識が高まってきているからこそ、本のヒットにつながったのかなと自分では分析しています。